大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

甲府地方裁判所 昭和57年(行ウ)5号 判決

原告

滝口大祐

右訴訟代理人弁護士

榎本信行

古澤清伸

森田太三

被告

忍草区

右代表者区長

大森教義

右訴訟代理人弁護士

江橋英五郎

同復代理人弁護士

石井吉一

主文

一  本件訴のうち、金三七三九万三〇〇〇円及び内金八七七万七〇〇〇円に対する昭和五七年一〇月二三日から、内金二四五二万八〇〇〇円に対する平成二年三月一三日から、内金四〇八万八〇〇〇円に対する平成四年一〇月二七日から、各支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める請求はいずれも却下する。

二  原告のその余の請求はいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、富士吉田市外二ケ村恩賜県有財産保護組合に対し、金五三六八万六〇〇〇円及び内金一二八〇万六〇〇〇円に対する昭和五七年一〇月二三日から、内金二八六一万六〇〇〇円に対する平成二年三月一三日から、内金四〇八万八〇〇〇円に対する平成三年四月二三日から、内金八一七万六〇〇〇円に対する平成四年一〇月二七日から、各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

本件訴のうち、金四九六五万七〇〇〇円及び内金八七七万七〇〇〇円に対する昭和五七年一〇月二三日から、内金二八六一万六〇〇〇円に対する平成二年三月一三日から、内金四〇八万八〇〇〇円に対する平成三年四月二三日から、内金八一七万六〇〇〇円に対する平成四年一〇月二七日から、各支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める請求は却下する。

2  本案の答弁

(一) 原告の右1を除くその余の請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告

(1) 富士吉田市は、普通地方公共団体であり、山梨県恩賜県有財産の保護、土地の賃借及び払下げ、造林に関する事項、産物払下に関する事項並びに経費の収弁及びその賦課徴収に関する事項等の共同事務処理を目的とする地方公共団体たる一部事務組合として組織された富士吉田市外二ケ村恩賜県有財産保護組合(以下「恩賜林組合」という。)の構成員である。

(2) 原告は、富士吉田市の住民である。

(二) 被告

被告は、昭和五〇年ごろから、忍野村忍草地区の行政末端事務を担当している権利能力なき社団である。

2  本件剰余金の交付(恩賜林組合の損失に因る被告の利得)

恩賜林組合は、被告に対し、別紙剰余金交付目録一ないし一八記載のとおり、恩賜林組合の共同事務処理の結果生じた各剰余金(以下「本件剰余金」という。)を各交付年月日にそれぞれ交付した。

3  本件剰余金の交付が法律上の原因を欠くこと

(一) 恩賜林組合の組合内市村に対する交付金制度

恩賜林組合は、昭和二六年七月一七日、同組合を構成する富士吉田市、中野村(現在の山中湖村)及び忍野村に対し、同組合の共同事務処理の結果生じた剰余金を各市村の戸数(富士吉田市上吉田五三八戸、同下吉田七〇七戸、同明見五一七戸、忍野村(内野を除く)一二〇戸、中野村一七三戸)に応じて分配交付する旨の規約を定めた(恩賜林組合規約一一条、以下「本件組合規約」という。)。

(二) 被告に対する本件剰余金の交付が違法無効であること

(1) 地方自治法二三二条の五第一項違反

恩賜林組合の構成員は、被告ではなく忍野村であるから、同組合に対する本件組合規約に基づく本件剰余金請求権が帰属しているのは、同村であって被告ではない。したがって、本件剰余金の交付はいずれも「債権者のため」の支出(地方自治法二三二条の五第一項)ではなく違法無効である。

(2) 同法二一〇条、二一一条違反

恩賜林組合の被告に対する本件剰余金の交付は、各交付年度毎の忍野村々議会の予算形式による適法な承認手続(同法二一〇条、二一一条)を欠いているから違法無効である。

(3) 同法二三二条の三違反

恩賜林組合がした本件剰余金の交付決定は、一部事務組合である同組合がその構成員に対して公法(本件組合規約)上の具体的債務を負担する行為であり同法二三二条の三にいう地方公共団体の支出の原因となるべきその他の行為にあたること及び本件剰余金の受給権利者が忍草区ではなく同組合の構成員である忍野村であること(組合規約一一条)に照らせば、法令(同組合規約)に反するといわざるを得ず、同村長の同組合に対する被告への直接交付の要請があったとしても、同法二三二条の三に違反し無効である。

4  よって、恩賜林組合は被告に対し、不当利得に基づく本件剰余金相当額の返還を求める権利があるので、原告は、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、恩賜林組合に代位して、被告に対し、本件剰余金総額五三六八万六〇〇〇円及び内金一二八〇万六〇〇〇円に対する昭和五七年一〇月二三日から、内金二八六一万六〇〇〇円に対する平成二年三月一三日から、内金四〇八万八〇〇〇円に対する平成三年四月二三日から、内金八一七万六〇〇〇円に対する平成四年一〇月二七日から、各支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  被告の本案前の主張

1  本件剰余金の交付に関する監査請求前置主義の適用について

まず、地方公共団体の住民が地方公共団体の長等の財務会計上の行為について住民訴訟を提起するには、その前提として当該地方公共団体の監査委員に対し所定期間内(当該行為のあった日又は終わった日から一年以内)に監査請求をしておかなければならない(地方自治法二四二条の二第一項、二四二条一項及び二項)。

そして、住民は、当該地方公共団体に監査委員が置かれていない場合には、当該地方公共団体に対し監査請求をすれば足り、監査等が行われない場合には住民訴訟(地方自治法二四二条の二第一項)を提起できるものと考えられる。

ところで、恩賜林組合は一部事務組合であり、普通地方公共団体に対して適用される法令の準用を受けるところ(同法二九二条)、監査委員を置いていない。そこで、原告は、本訴請求を提起する前に、恩賜林組合に対し、本件剰余金の交付の適否について所定期間内に監査請求をしておく必要があった。

2  所定期間内の監査請求の懈怠ないし正当理由の不存在について

(一) 別紙剰余金交付目録一ないし七記載の各剰余金の交付について

(1) ところが、原告は、恩賜林組合に対し、別紙剰余金交付目録一ないし七記載の各剰余金の交付について、各剰余金交付日からそれぞれ一年を経過する前に監査請求をしなかった。

(2) しかも、原告が所定期間内に監査請求をしなかったことにつき、正当理由(同法二四二条二項但書)もない。

① まず、原告は、昭和四二年ごろから、恩賜林組合に監査委員が置かれていないことを知っていた。したがって、原告は、右各剰余金の交付後、直ちに恩賜林組合に対し監査請求をし、所定期間内に監査が行われない場合には、更に出訴期間内(同法二四二条の二第二項)に住民訴訟を提起することが可能であったのであるから、恩賜林組合に監査委員が未設置であったため、所定期間内に監査請求をしなかったことは正当理由にならない。

② 次に、原告は、恩賜林組合が地方自治法二一九条二項に基づく予算、同法二三三条五項に基づく決算及び同法二四三条の三第一項に基づく歳入歳出予算の執行状況など財政に関する事項の各公表義務(以下「本件各公表義務」という。)を怠っていたことから右各剰余金の交付の有無及び交付金額について本訴請求事件を提起するまで全く知り得なかったので右正当理由がある旨の主張をしているが、右事実ないし主張は否認し又は争う。恩賜林組合は、昭和三九年以降昭和五七年に至るまで、毎年六月二〇日には前年一〇月一日から当年三月末日までの、毎年一二月二〇日には当年四月一日から当年九月末日までの各財政執行状況を公告し、同時に関係市村及び組合議員に対し右各財政執行状況の公告文を送付して来たものであり、本件剰余金の交付について公表義務を怠ったことはない。

(二) 同目録九ないし一八記載の各剰余金の交付について

(1) 原告は、同目録九ないし一八記載の各剰余金の交付に関し、右各剰余金交付日から一年を経過するまでに個別の監査請求をしなかった。

(2) 原告は、同目録一ないし八記載の各剰余金の交付について監査請求をしたから、これと同じ性格の財務会計上の行為である右(1)の各剰余金の交付については、改めて個別の監査請求をする必要がない旨を主張しているが、右主張は失当である。

3  出訴期間の徒過

仮に、原告が前記2(二)の各剰余金の交付に関して監査請求前置主義を満たしたことになるとしても、右各剰余金のうち、別紙剰余金交付目録九ないし一八の各剰余金に関しては、所定の出訴期間内(各剰余金交付日から三〇日以内)に訴えを提起しなかった。

4  結論

したがって、原告の本訴請求のうち、同目録一ないし七及び九ないし一八記載の各剰余金の交付に関する請求は、いずれも訴訟要件を欠き、不適法であるから却下されるべきである。

三  被告の本案前の主張に対する原告の認否ないし反論

1  本件剰余金の交付についての監査請求前置主義等の不適用について

(一) 被告の本案前の主張1のうち、恩賜林組合が一部事務組合であること、監査委員を置いていないことは認め、その余の主張は争う。

(二) 恩賜林組合は、監査委員を置いていないから住民が監査請求手続をとっても監査が実施される可能性はない。それにもかかわらず、原告が本件剰余金の交付について恩賜林組合に対する監査請求を強いられることは極めて不合理であるから、監査請求前置主義及びこれを前提とする出訴期間制限(地方自治法二四二条の二第二項)の適用はないものと考えるべきである。

2  監査請求の前置ないし正当理由の存在

(一) 別紙剰余金交付目録一ないし八記載の各剰余金の交付について

(1) 監査請求の前置

仮に、本件剰余金の交付について監査請求の前置が必要であるとしても、原告は恩賜林組合に対し昭和五七年七月一八日別紙剰余金交付目録一ないし八記載の各剰余金の交付の違法性について監査請求をした。

(2) 正当理由の存在

① 被告の本案前の主張2(一)(1)(監査請求期間の徒過)の事実は認める。

② しかし、原告は、以下のア及びイの事情から同目録八記載の剰余金を除く右(1)の各剰余金の交付に関し所定期間内に監査請求をし得なかったものであり、右期間の徒過には正当理由がある。

ア 原告は昭和四二年ごろから恩賜林組合に監査委員が置かれていないことを知っており、監査委員がいない以上前記監査請求もできないものと考えていた。

イ また、恩賜林組合が本件各公表義務を怠っており、原告は同目録八記載の剰余金を除く前記(1)の各剰余金の交付の有無ないし交付金額を全く知りえなかった。

(二) 同目録九ないし一八記載の各剰余金の交付について

原告は、右(一)(1)の監査請求において、ある年度の特定の支出の違法性を問題としたのではなく、恩賜林組合規約の違法な解釈に基づき同組合から被告に一連の剰余金が支出されていることが被告の不当利得であるとして監査請求をしたのであるから、右監査請求により、本訴請求のうち、右の監査請求と同じ性格の財務会計上の行為を対象とする同目録九ないし一八記載の各剰余金の交付に関する請求は、監査請求前置主義を満たしている。

(三) 恩賜林組合は、昭和五七年九月一六日が経過しても監査及び勧告をしなかった。

3  訴訟の提起

そこで、原告は、本件剰余金の交付のうち、昭和五七年一〇月一六日別紙剰余金交付目録一ないし八記載の各剰余金の交付につき本訴請求事件を提起し、平成二年三月一二日、同目録九ないし一五記載の各剰余金の交付につき、平成二年六月四日同目録一六記載の剰余金の交付につき、平成四年一〇月二六日同目録一七及び一八記載の各剰余金の交付につき、それぞれ訴の追加的変更の申立書を甲府地方裁判所に提出したものであり、本件剰余金の請求に関しなんら訴訟要件に欠けるところはない。

四  請求原因に対する認否

1(一)  請求原因1(当事者)の(一)(原告)の各事実はいずれも認める。

(二)  同1(二)(被告)の各事実のうち、被告が権利能力なき社団であることは認め、その余の事実は否認する。被告は、明治八年の旧内野村との合併以前に、旧忍草村が有していた財産を保全し、右旧村住民の生活の向上と地域の発展を図るための共同事務を担当する権利能力なき社団である。

2  請求原因2(本件剰余金の交付)の各事実はいずれも認める。

3(一)  請求原因3(本件剰余金の交付が法律上の原因を欠くこと)の(一)(恩賜林組合の組合内市村に対する交付金制度)の事実は認める。

(二)  同3(二)(被告に対する本件剰余金の交付が違法無効であること)について

(1) 地方自治法二三二条の五第一項違反について

① 同3(二)(1)の事実のうち、恩賜林組合の構成員が忍野村であり被告ではないこと、忍野村が本件剰余金の本件組合規約上の請求権者であることは認め、被告に本件剰余金の請求権ないし受領権がないことは否認する。

② 忍草区の共同入会権

通称梨ケ原一帯(以下「梨ケ原」という。)は、旧忍草村が江戸時代から富士山麓一帯の一〇ケ村とともに共同入会権を有していた地域であり、旧忍草村が明治八年に旧内野村と合併し忍野村を成立させた後も、旧忍草村の住民は権利能力なき社団である忍草組を設立して右権利を留保し、更に忍草組が明治二二年の町村制の施行後行政区としての資格を取得し忍草区と称するようになったが(以下には右以降の同社団を「忍草区」という。)、右以降は忍草区が同権利を保持していた。

③ 信託類似の合意及びこれに対する忍野村議会の承認議決

ア 南都留郡明見村外四ケ村富士御料地入会団体の設立

忍草区は、明治二九年、旧一一ケ村の前記入会権を承継する瑞穂村、福地村、明見村及び中野村(なお、右中野村は明治二四年に旧中野村と旧長池村とが合併して成立したものである。)とともに、梨ケ原(右当時御料地であった)の右入会権を共同管理する「御料地入会団体」を結成し、更に、明治三三年町村制に基づき自らと右四ケ村とを組合規約上の構成主体として町村組合である南都留郡明見村外四ケ村富士御料地入会団体を設立した。

イ 信託類似の合意の経緯

ところが、梨ケ原が明治四四年山梨県に下賜されると、同県は明治四五年南都留郡明見村外四ケ村富士御料地入会団体から福地村外四ケ村恩賜県有財産保護組合(以下「旧恩賜林組合」という。)への改組にあたり、町村ではないので無資格の忍草区が町村組合規約上の構成員となることは不適当である旨の指導をしたので、同区は忍野村との間で前記入会権を同村に信託的に譲渡してその収支管理を同村の事務とし、更に、同村が組合規約上の当事者となって関係四ケ村とともに同組合を設立し右事務をさせると同時に、右事務から生ずる収益及び損失を同区に留保帰属させることを合意した(以下「信託類似の合意」という。)。

そこで、忍野村長は右合意を受けて明治四五年前記関係四ケ村と共に町村制一一六条に則り旧恩賜林組合を設立した(山梨県が大正元年一〇月四日認可した。)。

ウ 忍野村議会の信託類似の合意に対する承認

ところで、忍野村議会は、大正元年九月六日、旧恩賜林組合の区域を従前の慣行により福地村の全部、瑞穂村の全部、明見村の全部、中野村の全部及び忍野村のうち忍草とする旨の議決(以下「範囲確定の議決」という。)をしたが、これは信託類似の合意に基づく忍野村と忍草区との権利義務関係を実質的に承認したものである。

④ 恩賜林組合の成立

そして、恩賜林組合は、昭和二六年、旧恩賜林組合の法律関係を承継する地方自治法上の一部事務組合としてその実体の同一性を保ちつつ忍野村らにより設立された。

⑤ 剰余金の交付方式に関する合意と承認

ア 旧恩賜林組合は、忍野村村長が旧恩賜林組合に対し信託類似の合意に基づく権利義務関係を前提として剰余金を被告に直接交付することを要請し又はそのような交付方式に同意したため、旧恩賜林組合ないし恩賜林組合は剰余金を大正元年の同組合設立認可以来(同区内部で紛争のあった昭和四八年度を除く)は権利能力なき社団である被告に直接交付してきたものである。

イ また、忍野村議会も、前記②及び③の経緯から、昭和六〇年三月一一日に同日以前及び同日以降における剰余金(本件剰余金を含む)の右交付方式を承認したのである。

⑥ 以上によれば、被告は恩賜林組合に対し、本件剰余金につき私法上の請求権があったのであり、本件剰余金の交付は恩賜林組合の「債権者のため」の支出であるから、これにあたらず違法無効である旨の原告の主張は失当である。

(2) 同法二一〇条及び二一一条違反について

本件剰余金の請求権は、終局的にはすべて被告に帰属すべきものであり、忍野村に帰属すべきものではないから、本件剰余金の交付について忍野村の予算に計上することを要しない。したがって、本件剰余金の交付が地方自治法二一〇条及び二一一条に違反し無効である旨の原告の主張は理由がない。

(3) 同法二三二条の三違反について

右(1)及び(2)の各事実に照らせば、恩賜林組合が忍野村の要請に基づき被告に対し本件剰余金を交付したことは、同法二三二条の三に違反する行為とはいえない。

五  被告の前記3(二)(1)②の主張に対する原告の認否ないし反論

1  前記3(二)(1)②の事実は否認する。官有地に区分された土地には入会権は存在し得ないところ、梨ケ原一帯は明治時代から官有地であるから、旧忍草村がここに共同入会権なるものを有する余地はなかったものである。

また、仮に、忍草村が何らかの共同財産を有していたとしても、内野村と合併する際忍草部落のために財産区を作らずに忍野村を構成した以上、その財産は忍野村に帰属したのであって、少なくともその後は被告が右財産を有していたという余地はない。

2  前記3(二)(2)及び(3)の各事実はいずれも否認ないし争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

第一本訴請求の適否について

一監査請求前置主義ないし出訴期間制限の適用の有無について

1  一部事務組合は、事業目的が限定的であるとはいえ、普通地方公共団体と同様の財務会計上の行為を行うのであるから、独自の会計監査機構による監査が行われなければ、監査の実効を上げ、適正な財務会計上の行為を担保することができない。したがって、一部事務組合は、規約により監査委員を設置することが義務付けられていると解されるところ(地方自治法二八七条一項六号)、恩賜林組合に監査委員が設置されていないことは当事者間に争いがない。

そこで、原告が、恩賜林組合の長その他の職員がなした財務会計上の行為の適否について監査委員に対し監査請求することは不可能であり、また、原告に恩賜林組合に対する監査請求を求めることは、実効的な監査を期待することができない以上無用という外はないから、本訴請求については監査請求前置主義の適用はないものと解すべきである。

したがって、本訴請求について、監査請求前置主義の適用を要する旨の被告の主張は理由がなく、原告が本訴請求(別紙剰余金交付目録八記載の剰余金交付に関する部分を除く)について恩賜林組合に対する監査請求を経ていないことを理由としてこれを不適法と認めることはできない。

2 ところで、地方自治法は、財務会計上の行為の非違について長期間にわたり争い得るものとすると法的安定性が害されることから、住民が当該行為の是正を求める第一の行為である監査請求について、当該非違行為のあった日から一年以内にこれを行使すべきものとし(地方自治法二四二条二項)、かつ、更に一定期間内に出訴すべきものとしている(同法二四二条の二第二項)ところ、右の趣旨は、一部事務組合の財務会計上の行為についても等しく及ぼされるべきである。

しかし、右1のとおり監査委員の置かれていない一部事務組合の財務会計上の行為については住民が直ちに出訴できるものと解すべきであり、これが当該非違行為の是正を求める第一の行為となるのであるから、監査請求に関する前記期間制限は、出訴期間の制限として、その法意を類推すべきものと解する。

そして、本来の出訴期間(同法二四二条の二第二項)は、住民が監査請求の結果の通知等をうけて出訴するか否かを熟慮するための猶予期間として設けられたものであるから、右の期間猶予は監査請求の前置を要しない一部事務組合については、適用がないものと解すべきである。

また、地方自治法は、住民に地方公共団体の財務会計上の非違行為の存否について加重な調査義務を負わせると同法が住民訴訟制度を設けた趣旨が事実上没却されかねないので、監査請求の期間制限を徒過した場合であっても、右徒過について正当理由があれば、すなわち、客観的にみて当該非違行為があったことについて住民が相当の注意力をもって調査してもこれを知ることができず、かつ、当該行為を知ることができたときから相当期間内に監査請求したものと認められれば、なお監査請求をすることができる旨の例外規定を設けており、監査請求の前置を要しない一部事務組合についても、右規定の趣旨を及ぼすべきである。

以上を総合すれば、監査委員が置かれていない一部事務組合の住民は、原則として、当該行為のあった日から一年以内に出訴することを要し、右期間を徒過した場合には、右徒過について正当理由がなければ、すなわち、客観的にみて当該非違行為があったことについて住民が相当の注意力をもって調査してもこれを知ることができず、かつ、当該行為を知ることができたときから相当期間内に出訴したものと認められなければ、当該出訴は不適法になると解される。

二本訴請求についての適否

1  別紙剰余金交付目録八、一五、一六及び一八記載の各剰余金の交付に関する請求について

原告の本訴請求のうち、別紙剰余金交付目録八、一五、一六及び一八記載の各剰余金の交付日については当事者間に争いがなく、右各剰余金交付に関する訴えが右各交付日から一年以内にあったことは、いずれも当裁判所に顕著な事実であり、右各請求はいずれも適法な訴えの提起と認められる。

2  同目録一ないし七、九ないし一四及び一七記載の各剰余金の交付に関する請求について

(一) これに対し、同目録一ないし七、九ないし一四及び一七記載の各剰余金の交付日が同目録記載のとおりであることは当事者間に争いがなく、右各剰余金につき右各交付日から一年以内に訴の提起がなかったことはいずれも当裁判所に顕著な事実であるから、右各剰余金に関する請求は前記一2の出訴期間制限に抵触し、右期間徒過について正当理由のない限り不適法というべきである。

(二) そこで、まず、同目録一ないし七記載の各剰余金に関する正当理由の有無について判断するに、第一に、原告が右各剰余金交付当時に恩賜林組合に監査委員が置かれていないことを知っていたことは当事者間に争いがないところ、原告が監査委員がない以上監査請求ないし出訴をすることができないと考えていたことは単なる主観的な事情であり、これを出訴期間制限の例外としての正当理由と認める余地がないことは前記一2で説示したところから明らかである。

第二に、〈書証番号略〉(富士吉田市外二ケ村恩賜県有財産保護組合「財政事情」の作成及び公表に関する条例写し)及び〈書証番号略〉(同公告式条例)、〈書証番号略〉(いずれも同組合組合長作成の「組合財政事情の報告について」と題する書面)、証人堀内欣吾及び同大森玉一の各証言(以下それぞれ「堀内証言」及び「大森証言」という。)並びに弁論の全趣旨によれば、恩賜林組合が被告に対し本件剰余金の交付を含めて数一〇年にわたり、その額は一定しないもののほぼ毎年剰余金を交付してきたこと、恩賜林組合が右各剰余金の交付をいずれも公告し、かつ、公告内容を同組合の議員に通知していたことが認められる。右事実に照らし、原告が相当の注意力をもって調査しても右各剰余金の交付があったことについて知ることができなかったものと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。よって、原告の前記出訴期間の徒過について正当理由があるとはいえない。

(三) 次に、同目録九ないし一四及び一七記載の各剰余金は、原告が同目録八の剰余金交付につき本訴を提起した後に交付されたことは当裁判所に顕著であり、原告主張の正当理由がいずれも認め難いことは前項に認定したとおりである。また、右各剰余金の交付は、独立の財務会計上の行為であるから、同目録八の剰余金についての訴え提起によりその後の剰余金の交付が出訴期間の制限をうけないことになるとはいえないことも明らかである。そして、原告が出訴期間を徒過したことにつき他の正当理由があったことを示す主張立証はない。したがって、本訴請求のうち、右各剰余金の交付に関する訴の提起も不適法と認められる。

第二そこで、本訴請求のうち、別紙剰余金交付目録八、一五、一六及び一八記載の各剰余金の交付に関する請求について本案の判断をする。

一1  請求原因1(当事者)の(一)(原告)の各事実はいずれも当事者間に争いがない。

2(一)  同1(二)(被告)の各事実のうち、被告が権利能力なき社団であることは当事者間に争いがない。

(二)  〈書証番号略〉(昭和五〇年一月二九日施行の忍草区運営規約)及び〈書証番号略〉(昭和五六年一月二八日施行予定の同区運営規約(案))、堀内証言及び大森証言並びに弁論の全趣旨によれば、被告社団の目的が区有財産の維持管理並びに区民の権利擁護その他区民の生活の向上と地域の発展を図ることであることが認められる。

二請求原因2のうち、前記各剰余金交付の事実はいずれも当事者間に争いがない。

三請求原因3(前記各剰余金交付が法律上の原因を欠くこと)について

1  請求原因3(一)(恩賜林組合の組合内市村に対する交付金制度)の事実は当事者間に争いがない。

2  被告に対する前記各剰余金交付の適否ないし効力(同3(二))について

(一) 地方自治法二三二条の五第一項違反(同3(二)(1))の有無について

(1) 同3(二)(1)の事実のうち、恩賜林組合の構成員が忍野村であり被告ではないこと、忍野村が前記各剰余金の本件組合規約上の請求権者であることは、いずれも当事者間に争いがない。

(2) そこで、被告が前記各剰余金の私法上の請求権を有するか否かについて判断する。

① 忍草区住民の梨が原一帯に対する入会権の存否ないし管理について

〈書証番号略〉(恩賜林組合作成の富士北面裾野入会団体組合歴史概要)、〈書証番号略〉(磯部四郎作成の組合規約作成及び入会権に関する鑑定書)及び〈書証番号略〉(いずれも判決書)並びに弁論の全趣旨によれば、旧忍草村(被告の前身)の住民が元文元年(西暦一七三六年)の江戸幕府からの裁許状を契機として右以降富士山麓一帯の一〇ケ村(下吉田村、新倉村、上吉田村、新屋村、松山村、大明見村、小明見村、山中村、平野村及び長池村である。以下には旧忍草村と合わせて「旧一一ケ村」という。)の住民とともに梨ケ原について各村の連合体による集団としての管理統制を敷きつつも旧一一ケ村の住民である限りにおいて各村毎の区域割なしに自由に立ち入って採草、採薪などをする共同利用形態の入会を慣習としていたこと、梨が原が明治時代には御料地(宮内省所有の皇室用財産)とされたこと、旧忍草村の住民が明治八年二月に旧忍草村と旧内野村との合併により忍野村が成立した後に右の共同利用形態での入会権(以下「本件入会権」という。)の擁護などを目的とし忍草組を構成したこと、忍草組外五ケ村(下吉田村と新倉村とが明治八年一月合併して成立した瑞穂村、上吉田村と新屋村と松山村とが同月合併して成立した福地村、大明見村、小明見村とが同月合併して成立した明見村、山中村と平野村とが同月合併して成立した中野村のうち、旧山中村を代表する中野村山中組を除く。)が明治九年六月二六日中野村山中組との間で梨が原の一部である山中湖村字梨が原地内の一〇町七二二〇歩を各村の共有とする旨の訴訟上の和解をしたこと、明治政府が同年七月官民有地区分の際右土地につき旧一一ケ村共有名義の地券を下付したこと、忍草組の住民が他の旧一一ケ村の住民とともにその後梨ケ原につき前記のような本件入会権を行使していたこと、原告も自認するとおり忍草組が明治二二年四月の町村制施行に伴いその組織を生かして町村制六四条に基づき忍野村の処務の便宜のために旧忍草村地域に設けられた行政区(独立の法人格はない)としての事務も担うようになったこと(なお、同組が町村制の施行に際し財産区としての地位を取得したことを認めるに足りる証拠はない。)、忍草組がこのころから忍草区と称するようになったこと、同区住民が右以降も本件入会権を行使していたこと、連合村会(同区がその構成員の一つである旧一一ケ村の連合体である。)が明治二六年ごろ梨が原の各村共有地及び入会地の収益方法(特定個人に対する賃貸を含む)を管理していたこと、同区が明治二九年瑞穂村、福地村、明見村及び中野村(なお、右中野村は明治二四年に旧中野村と旧長池村とが合併して成立したものである。)とともに梨ケ原の前記共有地及び本件入会権の行使を共同管理する「御料地入会団体」を結成し、更に、明治三三年右団体と実質的には同じ目的のもと町村制一一六条に基づき自らと右四ケ村とを組合規約上の構成主体とする町村組合である南都留郡明見村外四ケ村富士御料地入会団体を設立したこと、右団体が明治四五年まで存続していたこと、以上の各事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

右各事実によれば、まず旧忍草村の住民が江戸時代に梨が原についての地役の性質を有する本件入会権を確立し、次に旧忍草村の住民又はその子孫である忍野村の住民が明治八年二月旧忍草村と旧内野村との合併にもかかわらず旧忍草村区域内の村落共同体としての性格をもつ忍草組(権利能力なき社団)を設立することによって本件入会権を行使し続け、かつ、忍草組が明治九年七月梨が原の一部につき共有権を取得し、更に元忍草組の構成員又はその子孫である忍草区住民が明治二二年以降の町村制下においても右各権利を行使してきたこと、他方、各村の共有地及びその住民の本件入会権の行使が少なくとも江戸時代から明治四五年ごろまでまず旧一一ケ村ないしその利益を代表する各村の合意、次にこれを管理する入会団体、更には町村組合により集団的に管理され、各区域内では、各村がこのような集団的管理に従いそれぞれその区域内の住民の本件入会権行使を管理統制し、かつ、対外的には例えば忍草組外五ケ村(中野村山中組を除く)と中野村山中組との間の訴訟上の和解のようにこれを処分ないし擁護する事務を担っていたものであり、忍草組についてみれば右事務を営むことを一つの目的とする権利能力なき社団として設立され、かつ、存続し、町村制下でも行政区としての地位を兼ね備えたのに伴いその名称が忍草区に変わったものの社団性は維持し続けたものと認められる。

② 信託類似の合意及びこれに対する忍野村議会の承認議決の存否について

ア 次に、〈書証番号略〉(富士吉田市外二ケ村恩賜県有財産保護組合規約)、〈書証番号略〉(山梨県恩賜県有財産管理規則(写し))、〈書証番号略〉(柏木繁作成の組合規約に関する件と題する書面)、〈書証番号略〉(忍野村長作成の福地村外四ケ村恩賜県有財産保護組合改正規約決議に関する送付書及び同改正規約)、〈書証番号略〉(忍野村長作成の福地村外四ケ村恩賜県有財産保護組合区域の件に関する同議会議決の送付書及び同議決原案)、〈書証番号略〉(忍野村議会議長外作成の議事録)、〈書証番号略〉(柏木繁作成の福地村外四ケ村恩賜県有財産保護組合規約認可願い)及び〈書証番号略〉(山梨県知事作成の同許可書)並びに弁論の全趣旨によれば、山梨県が明治四四年梨ケ原の下賜を受けたのに伴い明治四五年南都留郡明見村外四ケ村富士御料地入会団体を福地村外四ケ村恩賜県有財産保護組合(以下「旧恩賜林組合」という。)へ改組することとなった際町村ではなく本来町村組合の構成主体になれない忍草区が町村組合規約上の構成員となることは不適当である旨前記入会団体組合長柏木繁を指導したので、右柏木が同年七月一三日市町村雑誌社に対し意見を求め組合規約上の構成主体から同区を外しつつ同区の共有地、その住民の本件入会権に基づく利益及び同区の管理処分権を保持させる方法につき質したこと、これに対し法学博士磯部四郎が同月二二日忍野村のうち同区のみが実質的な権利主体であることを前提としつつ組合規約上の構成主体の表記としては「忍野村(内野を除く)」とすることが適当である旨の鑑定書を作成しこれが前記柏木に交付されたこと、しかし、最終的には、忍野村議会が大正元年九月六日山梨県の指導により自ら旧恩賜林組合規約上の構成主体となる旨議決すると同時に旧恩賜林組合の構成員として有すべき権利義務を従前どおり忍野村のうち忍草に帰属させることを実質的に承認する「範囲確定の議決」をしたこと、そこで旧恩賜林組合規約上の構成主体が単に忍野村とされるに止まり、「忍野村(内野を除く)」という表記は剰余金の配分及び組合費用の賦課徴収割合に関する本件組合規約上で僅かに使用されるに止まったこと、忍野村長が明治四五年前記四ケ村とともに町村制一一六条に則り旧恩賜林組合を設立し、同組合の設立が大正元年山梨県に許可されたこと、以上の各事実が認められ、右認定に反する証拠は認められない。

イ 旧恩賜林組合設立の際の信託類似の合意の存否について

前記①及び右アの各事実によれば、忍草区と忍野村とが、町村制上同区には町村組合の構成員となる資格がなく旧恩賜林組合の構成員を同区とすることは適当でない旨の山梨県の指導に従わざるを得ないので同組合の設立にあたり構成員を同区から忍野村へ替えること(これは、同区が忍野村との間で、同区の共有権を譲渡し、かつ、同区住民の本件入会権行使の管理処分ないし本件入会権擁護の事務を同村に委託し、更に、同村が右組合の当事者となって関係四ケ村とともに同組合を設立し同組合をして右事務をさせる旨の合意をしたものと解釈することができる。)並びに同区の共有地及び同区住民の本件入会権の承継ないしその尊重を前提として組合の改組にかかわらず同区住民の本件入会権の行使の管理などについての権利義務関係を実質的に忍野村のうち同区のみに帰属させる内部的な取扱い、すなわち、前記事務から生ずる収益及び損失を最終的には同区住民に留保帰属させ、かつ、同区をしてその配分及び賦課徴収事務を管理させることを内容とする信託類似の合意をしたものと認めることができ、右認定に反する証拠はない。

ウ 信託類似の合意に対する忍野村議会の承認議決の存否等について

また、前記①及び②アの各事実によれば、忍野村村長が右合意につき町村制四〇条八号に基づき前記の範囲確定の議決によって同村議会の実質的な承認を得たうえ、明治四五年関係四ケ村とともに町村制一一六条に則り旧恩賜林組合を設立し、大正元年一〇月四日山梨県の右設立に対する許可を得たものと認めることができ、右認定に反する証拠はない。

③ 地方自治法の施行と忍草区及び旧恩賜林組合の変化

そして、前記①及び②の各事実、〈書証番号略〉、堀内証言及び大森証言並びに弁論の全趣旨によれば、同区が昭和二二年の地方自治法施行に伴い行政区としての地位を失ったが忍草組設立以来の同区の事務を営む権利能力なき社団としての実体を維持してきたこと、旧恩賜林組合がそのまま存続し、昭和二三年福地村が富士上吉田町に、瑞穂村が下吉田町となったのに伴い富士吉田町外四ケ村恩賜県有財産保護組合に改称され、昭和二六年富士上吉田町、下吉田町及び明見村が合併し富士吉田市となったのに伴い現在の恩賜林組合に改称されたのであり、恩賜林組合が旧一一ケ村の住民の本件入会権行使について管理ないし処分をするとともに本件入会権を擁護する事務をも営む旧恩賜林組合と同一の地方自治法上の一部事務組合であることが認められる。

④ 剰余金の交付方式に関する合意と忍野村議会の承認

ア 剰余金の交付方式に関する合意

次に、前記②及び③の各事実、堀内証言及び〈書証番号略〉(いずれも忍野村々長作成の「配分金について」と題する書面)、〈書証番号略〉、堀内証言及び大森証言並びに弁論の全趣旨によれば、旧恩賜林組合ないし恩賜林組合が権利能力なき社団としての忍草区(被告)に対し旧恩賜林組合設立時(明治四五年)から平成四年に至るまで(同区内部で紛争のあった昭和四八年度分を除く)剰余金をそれぞれ直接交付してきたことが認められ、右各事実と前記各証拠によれば、忍野村長が旧恩賜林組合に対し同組合設立当時(明治四五年ないし大正元年)同区との間の前記信託類似の合意に基づく剰余金支払義務を簡易に履行する方法として同組合が剰余金を同村に交付するのではなく同区に直接交付する旨要請したところ、旧恩賜林組合長柏木繁が前記信託類似の合意の存在を認識しており右直接交付をすれば同組合の同村に対する組合規約上の剰余金支払義務の履行となると考えて右要請を承諾し、右直接交付をしたことを推認することができる。

すなわち、忍野村と旧恩賜林組合とが、同組合設立当時、同組合が前記信託類似の合意に基づく同村の行政区である忍草区に対する剰余金支払義務を同区ないし被告に直接履行することで、同組合の同村に対する本件組合規約上の剰余金支払義務を履行する旨合意し(簡易決済ないし履行引受契約の締結)、同組合(ないし恩賜林組合)が同区ないし被告に対し右以降剰余金を支払い、同区ないし被告が忍野村の同区ないし被告に対する前記債務の第三者弁済としてこれを受領したことによって同組合の同村に対する剰余金支払義務の弁済がされてきたものと認めることができる。

イ 忍野村議会の右合意に対する承認

また、前記②ないし④アの各事実、〈書証番号略〉(忍野村長作成の交付金の交付先議定の件)、大森証言並びに弁論の全趣旨によれば、忍野村議会が昭和六〇年三月一一日同村と忍草区との間の従前の信託類似の合意があり、かつ、これに対する実質的な承認の議決をしていたことから、同村議会も右アの剰余金の交付方式に関する合意につき承認議決をしたものと認められ、右承認議決は同日以前の剰余金の交付については追認し、同日以降における剰余金の交付については同方式の継続を承認するものと認めることができる。

⑤  以上によれば、恩賜林組合の被告に対する前記各剰余金の交付は、同組合の同村に対する前記各剰余金支払義務の履行としての法的効果を有するから、恩賜林組合の「債権者のため」の支出ということができ、右交付は債権者のための支出にあたらず違法無効であるから、被告が恩賜林組合から法律上の原因なく前記各剰余金を利得したものである旨の原告の主張は理由がない。

(二) 地方自治法二一〇条及び二一一条違反行為の効力について

右(一)で認定した各事実、大森証言並びに弁論の全趣旨によれば、忍野村が明治四五年旧恩賜林組合を設立して地方自治法上前記各剰余金の請求権を取得し、更に忍草区に対して前記信託類似の合意に基づき恩賜林組合から受領すべき前記各剰余金を支払う私法上の義務を負い、同村議会が右合意につき承認の議決をしたこと、恩賜林組合が設立時から忍野村との間の前記各剰余金の交付方式に関する合意に基づき忍草区ないし被告に対し前記各剰余金を含む各年度の剰余金の大半を直接交付し続けたこと、同村議会が昭和六〇年右合意につき承認の議決をしたこと、忍野村長が前記各剰余金を巡る収支を予算に計上せず、かつ、各会計年度毎の村議会の承認議決を受けなかったこと、以上の各事実が認められる。

右の各事実によれば、忍野村長は、同村が恩賜林組合の構成員として前記各剰余金の地方自治法上の請求権を有することに基づき、恩賜林組合から受領した前記各剰余金を収入とし、かつ、被告へ支払った右同額を支出として、それぞれ各会計年度の予算に計上し同村議会の議決による右予算の承認を受けるべきであったと解される(地方自治法二一〇条及び同法二一一条)。ところが、同村長は、前記各剰余金を巡る収支につき予算に計上せず、各会計年度毎の村議会の承認議決を受けなかったのであるから、右各行為は前記各規定に違反するものといえる。

しかしながら、地方自治法二条一六項は、必ずしもすべての法令違反行為を無効とするものではなく、当該法令による規制の重要性や趣旨に照らし、当該違反行為の私法上の効力を失わせることが相当であるものについてのみこれを無効とする趣旨であると解すべきであるから、忍野村の前記法令違反行為が無効となるか否かは、それが前記各規定の重要性ないし趣旨に照らし、その私法上の効力を失わせるのが相当であるか否かによって判断されるべきである。

ところで、前記各規定は地方公共団体の執行機関が予算外の収支を行うことを規制して地方公共団体の財政を明瞭にし議会及び住民による財政の監督を容易ならしめる趣旨であると解される。また、忍野村長(及び同村議会)、被告及び恩賜林組合が前示の信託類似及び剰余金の交付方式に関する合意に基づき剰余金を同組合から直接被告に交付して剰余金を巡る相互の債権債務関係を簡易に決済することについて、右各当事者が何らかの異議を差し挾んだことを窺わせる証拠はなく、前記認定事実によると前記各剰余金の収支を巡る権利義務関係は周知かつ確立したものということができ、これを予算に計上しなかったからといって議会及び住民による財政の監督が直ちに容易でなくなったとはいえず、更に、被告に対する前記各剰余金の直接交付が同村の被告に対する支払義務を消滅させる以上同村には損害が生じないから、前記各規定に違反する程度も著しく低いものというべきである。

そこで、恩賜林組合の被告に対する前記各剰余金交付が各会計年度毎の忍野村の予算に計上されず、同村議会による予算形式での承認も受けなかったというだけで、これを対外的に無効とすることは、地方公共団体の執行機関を規制しようとする地方自治法二一〇条及び同法二一一条の各制度趣旨及び実質的違法性(右各条項違反)の程度に照らして相当でない。

したがって、被告が恩賜林組合から法律上の原因なく前記各剰余金を利得した旨の原告の主張は理由がない。

(三) 同法二三二条の三違反の有無について

〈書証番号略〉及び弁論の全趣旨によれば、恩賜林組合がした前記各剰余金の交付決定は、一部事務組合である同組合がその構成員に対して公法(組合規約)上の具体的債務を負担する行為であること及び前記各剰余金の受給権利者が被告ではなく同組合の構成員である忍野村であること(本件組合規約)が認められる。

しかしながら、恩賜林組合の被告に対する前記各剰余金の交付は、同組合の同村に対する前記各剰余金支払義務の履行としての法的効果を有することは前記(一)で認定したとおりであり、右交付決定も何ら法令(本件組合規約)に反するものではない。

したがって、前記各剰余金の交付は地方自治法二三二条の三に違反し無効であり、被告が恩賜林組合から法律上の原因なく前記各剰余金を利得したことになる旨の原告の主張は理由がない。

3  以上によれば、前記各剰余金に関する請求原因はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

第三結論

以上によれば、本件訴のうち、恩賜林組合が被告に対し、昭和五三年五月二九日ないし昭和五六年五月二八日までに交付した剰余金八七七万七〇〇〇円及びこれに対する昭和五七年一〇月二三日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金、昭和五八年三月一八日ないし昭和六三年三月三一日までに交付した剰余金二四五二万八〇〇〇円及びこれに対する平成二年三月一三日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金並びに平成三年五月二四日交付した剰余金四〇八万八〇〇〇円及びこれに対する平成四年一〇月二七日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の各支払を請求する部分については不適法としてこれを却下し、本件訴のその余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官豊永格 裁判官石栗正子 裁判官日下部克通)

剰余金交付目録

番号

交付年月日

剰余金額

昭和五三年五月二九日

二六四万八〇〇〇円

昭和五四年一月一〇日

五〇万円

昭和五四年三月一九日

五〇万円

昭和五四年五月三〇日

一〇四万三〇〇〇円

昭和五五年一月二二日

一〇〇万円

昭和五五年四月二五日

一〇四万三〇〇〇円

昭和五六年五月二八日

二〇四万三〇〇〇円

昭和五七年五月一九日

四〇二万九〇〇〇円

昭和五八年三月一八日

四〇八万八〇〇〇円

一〇

昭和五九年三月一〇日

四〇八万八〇〇〇円

一一

昭和六〇年三月二九日

四〇八万八〇〇〇円

一二

昭和六一年四月九日

四〇八万八〇〇〇円

一三

昭和六二年四月二〇日

四〇八万八〇〇〇円

一四

昭和六三年三月三一日

四〇八万八〇〇〇円

一五

平成元年三月三一日

四〇八万八〇〇〇円

一六

平成二年三月三一日

四〇八万八〇〇〇円

一七

平成三年五月二四日

四〇八万八〇〇〇円

一八

平成四年五月二八日

四〇八万八〇〇〇円

合計

五三六八万六〇〇〇円

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例